モンゴル語の複数と複数表現
ロシア語などヨーロッパの言語の多くでは、文の中にある名詞は必ず、それがひとつ(単数)であるかふたつ以上(複数)のどちらであるかを示す形をとっていなければなりませんが、すでに学習したように、モンゴル語の場合は、格と再帰という2種類の情報だけが必須で、単数であるか複数であるかは必ずしも示す必要がありません。
しかし、モンゴル語にも、必要に応じて名詞に接続される複数語尾と呼ばれる語尾が数種類存在し、名詞の複数形を作るほか、シンタクスのうえで複数を表す形式があります。このモジュールでは、それらによって作られる形をまとめて複数表現と呼んでおくことにします。
モンゴル語の複数表現は、複数の意味を特別に表現したい場合にかぎって任意に作られる形です。また、その名詞の前に数詞や形容詞による修飾語がある場合は使われないという大きな特徴があります。つまり、複数表現は、特別な意味を表現するためにどうしても必要な場合にだけ作られますが、使わなくても済むような条件が少しでもあればたちまち使われなくなるというきわめて抑制的な形なのです。この点でヨーロッパの言語の複数形とは根本的にその機能が異なるもので、逆に言えば、複数表現ではない形は、単数であることを積極的に表しているのではなく、単数と複数を区別しない形ということになります。なお、名詞類の中でも、代名詞の場合には名詞とは違って単数と複数をはっきり区別するのは以前に学習したとおりです。
このステップでは、モンゴル語の複数表現のうち、複数形によって作られるものについて学習します。
2種類の複数形
モンゴル語の複数形は、その意味と用法によって大きくふたつのグループに分けられます。
まず1種類目の複数形は、「その名詞で表される人間・動植物・もの・ことがらの同じものが複数あること」を表す形です。このモジュールでは、これを仮に複数形(1)と呼ぶことにします。
複数形(1)は人間を表す名詞にも付きますが、あくまでも同じものの複数を表す形ですから、元々ひとつしかない固有名詞はこの複数形にはなりません。
もうひとつの複数形は、主として人間を表す固有名詞に接続し、「その人とその他の人々を合わせると複数であること」を表す形です。ここではこれを複数形(2)と呼ぶことにします。
複数形(2)は、固有名詞のほかにも、人間を表すそのほかの名詞の一部にも接続します。この場合は、複数形(1)と同じように「その名詞で表される人間と同じものが複数いること」を表しますので注意が必要です。
ふたつの複数形の使い分けをまとめると次のようになります。
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固有名詞
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人間
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動植物
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もの
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ことがら
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複数形(1)
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×
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○
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○
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○
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○
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複数形(2)
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○
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○
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×
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×
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×
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このように、固有名詞以外の人間を表す名詞には、複数形(1)をとるものと複数形(2)をとるものがあります。これらは、よく使う名詞から個別に覚えていくほかありません。
複数形(1)
複数形(1)の語尾は次のとおりです。→【発音と正書法上の注意】
【語幹-д】
交代語幹(Н/Г)を持つものは語幹が交代したうえで;
【語幹-ууд】
これらはいずれも語幹のすぐあとに接続され、格語尾と再帰語尾はそのさらにあとから接続していくことになります。
ふたつの語尾は、人間名詞のうち複数形(2)になるものを除き、それぞれ次の名詞に接続します(例に付けた訳語は語幹の形での意味です)。
語尾 -д は、人間を表す名詞を作る派生接辞 -чин・-ч で終わる名詞のほとんどに接続しますが、それらの語尾で終わる名詞の一部は例外的に複数形(2)をとります。
語幹 малчин 「牧民」 → малчид
語幹 дипломатч 「外交官」 → дипломатчид
語幹 тогооч 「料理人」 → тогоочид
語幹 номын санч 「司書」 → номын санчид
語幹 жолооч 「運転手」 → жолоочид
語幹 эмч 「医師」 → эмчид (×) 複数形(2)
このほかにもこの語尾をとる少数の名詞がありますが、そのような名詞の場合、末尾の子音が脱落する現象も見られますので、その形を含めひとつひとつ覚えるほかありません。
語幹 зочин 「客」 → зочид
語幹 нөхөр 「友人」 → нөхөд
語幹 түшмэл 「役人」 → түшмэд
語幹 ноён 「貴族」 → ноёд
語尾 -ууд は、上記以外の名詞に接続します。ただし、そもそも複数形(2)になるものは別です。
語幹 баатар 「英雄」 → баатрууд
語幹 хүүхэд 「子ども」 → хүүхдүүд
語幹 хүүхэн 「女性」 → хүүхнүүд
Н交代語幹 тэмээн 「ラクダ」 → тэмээнүүд
語幹 ургамал 「植物」 → ургамлууд
語幹 өдөр 「日」 → өдрүүд
語幹 орон 「国」 → орнууд
Н交代語幹 өрөөн 「部屋」 → өрөөнүүд
語幹 ээж 「母親(一般名詞)」 → ээжүүд
語幹 багш 「教師」 → багшууд (×) 複数形(2)
語幹 дарга 「管理職」 → даргууд (×) 複数形(2)
語幹 ах 「兄/年上の男性」 → ахууд (×) 複数形(2)
語幹 эгч 「姉/年上の女性」 → эгчүүд (×) 複数形(2)
「~を持つ者」を表す接尾辞 -тан で終わる名詞のほとんどは語尾 -ууд をとりますが、中には例外的に -д を接続するものもあります。
語幹 оюутан 「学生」 → оюутнууд
語幹 сэхээтэн 「知識人」 → сэхээтнүүд
語幹 ажилтан 「職員」 → ажилтнууд
語幹 мэргэжилтэн 「専門家」 → мэргэжилтнүүд
語幹 эрдэмтэн 「学者」 → эрдэмтэд (例外)
語幹 амьтан 「動物」 → амьтад (例外)
このように、ほとんどの名詞はふたつの語尾のどちらを接続するか決まっていますが、中には両方の語尾を接続することができる名詞もあります。また、いったん語尾 -д を接続して複数形になったはずの形に、さらに語尾 -ууд が接続され、あたかも -дууд という語尾であるかのように見える例もあります。これらも個別に覚えるほかありません。
語幹 шувуу 「鳥」 → шувуунууд ~ шувууд (どちらも接続可能)
語幹 охин 「少女」 → охидууд ふたつの語尾を同時に接続)
上述のように、複数形(1)は、「その名詞で表される人間・動植物・もの・ことがらの同じものが複数あること」を表すのが基本です。
уншигчид 読者たち
өдрүүд 日々
үйл явдлууд いくつかの出来事
しかし、文脈によっては、「さまざまな~」という多様性や、「それぞれの~」という個別性を表すニュアンスになる場合もあります。
хотууд さまざまな街
айлууд それぞれの家庭
複数形(2)
複数形(2)の語尾は次のとおりです。
【語幹】 нар
この語尾は、例外的に語幹とは切り離して書くことになっていますが、格語尾と再帰語尾はそのさらにあとから接続します。また、語幹の母音に合わせて母音調和することはあまりなく、綴り上のバリエーションもありません。
Туул нар トーラとその他の人々
Мөнхөө нар ムンフーとその他の人々
複数形(2)の語尾は、固有名詞に接続し、「その人とその他の人々を合わせると複数であること」を表すのが基本です。
Батболд нар バトボルドとその他の人々
ただし、いくつかの固有名詞を列挙したあとで最後の名詞にこの語尾が付く場合、文脈によっては、「その他の人々」を含まず、単にそこで列挙された人々だけを指すこともあります。
Мэгий, Болороо, Гэрлээ нар メギー・ボルロー・ゲルレー(の3人のみ)
この語尾は、人間を表す名詞のうち、複数形(1)の語尾をとれないものにも接続することができます。ただし、その場合は、はじめにも述べたように、複数形(1)と同じ「その名詞で表される人間と同じものが複数いること」という意味になります。
ах нар 兄たち~年上の男性たち
эгч нар お姉さんたち~年上の女性たち
эмч нар 医師たち
багш нар 教師たち
дарга нар 管理職たち
複数形(1)をとる名詞の一部が複数形(2)をとることもありますが、そのような語の範囲は個別に覚えるほかありません。
ээж нар 母親たち(一般名詞)
тогооч нар 料理人たち
жолооч нар 運転手たち
固定化した複数語尾
以上のように、話し手が自由に作れるモンゴル語の複数形は(1)と(2)の2種類ですが、このほかに、現代語ではすでに固定化し、話し手が自由に取り外しできない語尾 -с を持った一連の形があります。これらは、語幹から自由に作る複数形とは意味も違っているものも多く、複数形というよりは、すでに独立した集合名詞と考えたほうがよいでしょう。
үгс 語彙(独立した集合名詞)
⇔ үгнүүд 語幹 үг 「語」の複数形
уулс 山系(地理用語=独立した集合名詞)
⇔ уулнууд 語幹 уул 「山」の複数形
【発音と正書法上の注意】
● 複数語尾 -д が接続するとき、語幹が子音字 н で終わる場合は、н を脱落させたうえで接続します。
語幹 зочин 「客」 : н脱落+-д → зочид
語幹 ажилчин 「労働者」 : н脱落+-д → ажилчид
語幹 эрдэмтэн 「学者」: н脱落+-д → эрдэмтэд
● 複数語尾 -ууд が接続するとき、語幹の種類によっては次の調整が必要です。
и 以外の短母音字で終わる場合は、その短母音字を脱落させたうえで接続します。
語幹 хулгана 「ねずみ」 : а脱落+-ууд → хулганууд
語幹 буга 「鹿」: а脱落+-ууд → бугууд
и で終わる場合は、и を残したうえで、-ууд の形を -уд とします。
語幹 анги 「クラス/教室」: +-уд → ангиуд
я・ё・е で終わっている場合は、それらを残したうえで、-ууд の形を -уд とします
語幹 үе 「世代」 : +-үд → үеүд
長母音または二重母音で終わる場合は、子音 n がつなぎとして現れますので、綴りの上でもこれを表記します。このような場合、ほかの語尾では子音 g が現れるところですから、間違えないように注意してください。
語幹 гэрээ 「契約」: + н挿入+-үүд → гэрээнүүд
語幹 туулай 「うさぎ」 : + н挿入+-ууд → туулайнууд
ь で終わる場合は、-ууд を接続したときにできる綴り ьууд の ьу の部分を母音字 и に変えて иуд にします。この規定の目的は単に活字をひとつ節約することで、иу という二重母音になるわけではありません。
語幹 сургууль 「学校」: +-ууд → сургуульууд → сургуулиуд
なお、複数語尾 -ууд は母音で始まる語尾ですから、子音字で終わる語幹にこれを接続するときには、正書法一般のいわゆる脱落母音の規則とその例外にも十分注意してください。